雪解けの飯豊山を望む置賜さくら回廊
最上川の上流部に位置する山形県の置賜地方を訪れた。1日目は福島・新潟両県との県境に連なる飯豊連峰、朝日連峰の残雪を眺めながら、古典桜「置賜さくら回廊」と呼ばれる桜巡りをした。2日目は会津へと南下し、喜多方では旧日中線の枝垂れ桜に立ち寄った。長閑な風景の中に建つ欧風でモダンな旧熱塩駅舎は満開の桜に映える。こだわりの蕎麦を食し、赤湯温泉では源泉かけ流しの湯を楽しんだ。
2016年4月16日(土)晴れ
白川ダム湖岸公園
まずは早朝の白川ダム湖岸公園へ。湖畔からは白く雪化粧した飯豊山の山並みが一望できる。白川ダム湖周辺では、春先にかけて水面から柳の木々が生えているような光景が見られる。これは大量の雪解け水がダム湖に流れ込むことで水面が上昇し、木々の一部が水没してしまうのである。
最上川橋梁
最上川に架けられ通称「荒砥鉄道橋」と呼ばれる鉄道橋は、一世紀を超えても活躍を続けている近代土木資産である。もともとは1887(明治20)年に東海道線の木曽川橋梁として架設されたものを1923(大正12)年に分割移設したもので、フラワー長井線とJR左沢線において現存している。最上川との景観は「やまがた景観物語おすすめビューポイント」の一つとなっている。
置賜さくら回廊
南陽市赤湯と白鷹町荒砥を結ぶ山形鉄道フラワー長井線の沿線には桜の名所が点在している。樹齢500年を超える桜の銘木や古木も多く、置賜さくら回廊と呼ばれる全長約43km観光ルートになっている。白鷹町から赤湯を目指しての桜巡りである。
称名寺阿弥陀堂の桜
称名寺境内の墓地にあるエドヒガン桜で、遠方にみえる残雪の朝日連峰がなかなか良い。山並みを背にするとちょうど阿弥陀堂の後ろに桜が見える。
八乙女種まきザクラ
八乙女種まきザクラは八乙女八幡神社の奥にある。春の苗代の種蒔きの頃に咲くので種蒔き桜と呼ばれている。
赤坂の薬師ザクラ
赤坂の薬師ザクラは昔から種蒔き桜として親しまれ、鮎貝薬師堂に近いことから「御薬師様の桜」と呼ばれている。推定樹齢は1000年。最上川の洪水の時に舟をつないだ伝説があり、別名「舟(ふな)つなぎの桜」とも呼ばれているそうである。
子守堂のサクラ
本庄氏の居城・鮎貝城跡に咲くのが樹齢1000年というエドヒガンの古木。城主の子供は病弱であったが、あるとき賤しい身なりの童女がやってきて無事に育てた後で姿を消したという伝説がある。この童子が実は地蔵菩薩の化身であったとして樹下には子守堂が建てられた。
釜の越サクラ
「釜の越桜」は樹齢800年というエドヒガン桜の銘木であったが、近年では残念ながら樹勢衰退となってしまった。後方右の紅色の濃い桜は「勝弥桜」と呼ばれ、「釜の越桜」の後継木・二世樹である。釜の越の地名は、源(八幡太郎)義家が西方の山の「三麺峯」に居陣したとき、桜の樹下にある3個の巨石でかまどを築き兵糧を炊いたとの伝説に由来する。
薬師ザクラ
薬師ザクラは樹齢1200年とされる。奥州征伐にやってきた坂上田村麻呂が手植えしたものと伝えられている。
白兎のしだれ桜
葉山神社の敷地となりにある樹齢140年の枝垂れ桜は樹勢衰退となってしまった。その両隣には若い枝垂れ桜が植えられている。
草岡の大明神ザクラ
個人宅に植えられたエドヒガンの巨木で樹齢1200年とされる。国指定天然記念物に指定されており、地元では農作業の種まき時に桜が開花するので種まき桜とも呼ばれている。
そば処
そば処 丸万に立ち寄った。玄そば(殻付きのそばの実)を仕入れ、玄そばの磨き、石抜き、選別、脱皮そして製粉(石臼挽き)まで一貫して行っている、こだわりのお蕎麦屋さんである。 玄そばの仕入れは一ヶ所からでは限度があるので、北海道産や地元山形産と数種類を使い分けており、当日使用しているそば粉の産地と品種を入口に明記しているほどのこだわりである。
殿入ザクラ
殿入ザクラは道路から少し入った山の斜面にあるエドヒガン桜で一帯は殿入公園となっている。公園全体に桜があり、小高い丘の上にある展望台からは朝日連峰を背景にのどかな田園風景を望むことができる。
最上川堤防千本桜を見る前に農産物直売所に立ち寄った。旬の野菜・果物、地元農産物が多く並ぶが、午前中のほうが品物は豊富である。今の時期にはタラの芽、あさつき、うるい、蕗の薹、こごみ等の山菜が豊富、地元産の蜂蜜等がやすく入手できる。
最上川堤防千本桜
1915年(大正4年)大正天皇御即位大典の記念に、最上川左岸のさくら大橋~長井橋間約2kmにソメイヨシノ300本が植樹され「千本桜」「土手の桜」として親しまれている。
伊佐沢の久保ザクラ
伊佐沢の久保ザクラも国指定天然記念物のエドヒガンの巨木である。根元の部分が腐食し樹勢が衰え、主幹が南側と北側に大きく2つに分岐した姿になっているため、2006年から樹勢回復作業を行っている状態である。
フラワー長井線
フラワー長井線は、山形県南陽市の赤湯駅から西置賜郡白鷹町の荒砥駅に至る鉄道路線である。旧国鉄の長井線から国鉄分割民営化を経て、現在は山形鉄道が運営している。
烏帽子山公園
夕方、赤湯温泉へと移動して烏帽子山公園を散策。烏帽子山公園はエドヒガンザクラの群生地として知られ、園内には約25種類、1000本の桜が咲き、全国の有名な桜の二代目も多く植樹されているという。隣接する烏帽子山八幡宮の石造りの大鳥居とシダレザクラとのコラボがビューポイントと言われている。
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- 八幡宮裏山から切り出された凝灰岩で継ぎ目の無い一本石の大鳥居としては日本一の大きさ
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- 大鳥居とシダレザクラ
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- 烏帽子山八幡宮の大鳥居
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- 眼下に赤湯温泉街を見渡せる
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- 満開の桜
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- 烏帽子山八幡宮
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- 烏帽子山公園
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- 満開の桜
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- 見返り桜、輪廻の桜、放鳥目白桜、夫婦桜などの愛称がつけられている桜が18本ある
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- 烏帽子山八幡宮の参道
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- 烏帽子山八幡宮の参道入口にある龍神水
赤湯温泉
赤湯温泉は源義家の弟、源義綱が発見したとされ、家臣達がこの温泉で傷を癒した際、傷から出た血でお湯が真っ赤になったことから、赤湯と呼ばれるようになったと言う。江戸時代、米沢藩の湯治場として栄え、藩主専用の御殿湯も設けられていた。2013年(平成25年)で開湯920年を迎えた歴史ある温泉である。
2016年4月17日(日)曇り時々雨のち晴れ
熊野大社
南陽市にある熊野大社は和歌山県の熊野三山、長野県の熊野皇大神社とともに日本三大熊野とされ、「東北の伊勢」とも言われる。県内最古の茅葺屋根の社である。
屋根の正面に千鳥破風(ちどりはふ/三角形の部分のこと)、その前面に縋破風(すがるはふ/本屋根の棟先から一方にだけ突き出した部分のこと)で向拝(こうはい/参拝者が礼拝する所のこと)屋根を設け、その中央に唐破風(からはふ/曲線上の装飾)を配置している。
拝殿の裏手には、イザナミノミコトをお祀りする本殿(本宮)、イザナギノミコトをお祀りする二宮神社社殿、そして江戸時代に建立されたスサノヲノミコトをお祀りする三宮神社社殿がある。3大神様(イザナミノミコト、イザナギノミコト、スサノヲノミコト)を含む30の神様をお祀りしている。
本殿の裏側には3羽のうさぎが隠し彫りされていると言う。いつ頃からか「うさぎを3羽すべて見つけると願いが叶う」と評判になり、今では恋が成就するパワースポットとして全国から大勢の人が訪れるらしい。
ウサギの駅長
宮内駅は熊野大社の最寄駅である。2010(平成22)年の有人化に伴い当駅に縁の深いうさぎが、駅長・駅員として勤務することになったという。
まほろば古の里 歴史公園
まほろば古の里 歴史公園に立ち寄った。「まほろば」とは、古事記などにみられる「まほら」という古語に由来する言葉で「丘、山に囲まれた稔り豊かな住みよいところ」という意味だそうである。
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- 安久津八幡神社の三重搭
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- 安久津八幡神社の三重搭
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- 周囲に清水を巡らせた敷地に佇む安久津八幡神社の三重搭
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- 参道の両脇に横たわる大きな棒状の2本の石は「じじばば石」
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- 室町末期の建造といわれる舞楽殿
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- 石畳の参道を進むと茅葺屋根の本殿
歴史公園には県立うきたむ風土記の丘考古資料館や、復元された縄文時代の竪穴式住居などがある。
飯豊から喜多方へ
飯豊町は県内でも有数の豪雪地帯である。そのため農家は冬期間の厳しい北西風を防ぐため屋敷林を植えて防風や防雪に備えた。屋敷林に囲まれた田園散居集落は町の貴重な景観財産となっている。田んぼに水が張られた時期は素晴らしい眺めであろう。
国道121号線大峠レインボーライン(米沢〜喜多方)を南下して喜多方方面へ。途中で「道の駅 田沢 なごみの郷」に立ち寄った。築200余年の民家の資材を使用して建設された古民家・曲がり家の外観である。自家製粉したそば粉を使った挽きたて、打ちたて、茹でたての手打ちそばは、香りが残るのど越しのいい食感であった。
熱塩温泉
喜多方の熱塩温泉は開湯600年という歴史ある温泉である。
日中線記念館
かつて喜多方駅から熱塩駅までを結んでいた国鉄日中線は1984(昭和59)年に廃止されたが、当時の熱塩駅の駅舎はそのまま記念館として現存している。昭和初期に建てられた駅舎は欧風でモダンな雰囲気が漂う。2009年(平成21年)に経済産業省の「近代化産業遺産群 続33」の一つとして近代化産業遺産に認定された。
旧熱塩駅の構内には国鉄キ100形ラッセル除雪車「キ287」と国鉄60系客車「オハフ61 2752」が保存展示されている。キ100形自体は動力を持たず、機関車に押されながら除雪する車両である。
磐越自動車道で帰路についた。